昔から求めていた姿を最近ひとつ得ることができるようになってとてもうれしいのだけど、
その姿を得るためにはひとつを犠牲にしなければいけないということがようやくわかることができた。
自分なりに結構無茶苦茶な形でそのイメージをつくったつもりだけど、
あまりにも無茶苦茶でその形はいびつすぎて、整えることも困難になっている。
それでも手放したくはないから必死にしがみついて
自分が苦しくなる方法ばかり取り続けてしまう。

創作をしていることが最近とても幸せです。
創作をすることがうれしいのか、交流することがうれしいのか
やっていることを考えるとちょっとわからなくなることがあるけれど。
自分から生まれたひとりのキャラクターが愛されるとすごくうれしくなります。
自分の子供が誰かに愛されたらこんな感じなのかなあ、なんて、思ったりするのです。


私の体から離れて、次々と世界を切り開いていく姿は気持ちよくて、
嬉しくて愛おしい。もちろんいいことだけではなくて苦しむこともある。
それでも、自分の中だけの存在じゃなくて、もう生きて誰かの心でも動いてるんだなって思って
なんだか頬がゆるんでしまうのです。

ここ誰も見ていないんじゃないかな、というか
誰かに見てもらおうと日記をかくわけではない、のかも。
あえて言うなら近い未来の私に「生きていたよ」って言うためにかいている、感覚


それでも誰か見ているなら、
私の存在がここにあるということを知ってもらえるということで
きっと嬉しい

誘っていただいたんだったか自分から首突っ込んだんだったか
それも忘れるほどさらりと混ざってスイパラに行ってきた。
食べに行く前までに違う子を誘ってカラオケに行ってみたり、
なんか、ちょっとだけ自分にも積極性が生まれてきているのかななんて思えたりした。
ある程度仲がいい子と行くとほんと馬鹿みたいなテンションで歌うわけで。
中途半端に仲がいい子だったりするとそのテンションにすごく後悔してしまうのだけれど
今日はそれが無いから「あの子にはだいぶ心を許しているのかな」なんて思えたりする。
自分の人見知り度は未知数なので、ちょっとしたことでも把握するのが大変です。


スイーツ13種類とカレーとサラダとアイスとカフェモカをたべました。
お茶も少々。
いつもあんまり食べれないのにこういうときばっかりいっぱい食べれちゃうので
私のお腹はとても気まぐれなんだと常々おもいます。